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ばや

ばや-自己の願望の終助詞。未然形接続。いろいろと「ばや」ですがあきらめた喪女の日常のきろく。あとフラカンの話。

もう台無しです。

例によってTSUTAYAで借りたCubismo Graficoのアルバム「NUIT」をiPodにお入れ申し上げて今聴いてた。
足指が自然とモキモキ動きだす(気持ち悪い)好きな曲ばかりで、よいCDを借りたな〜、さすがチャーベくんいい曲作りますわ、……とスガスガしい気持ちで眠りにつけそうであった。今ごろは眠りについているはずであった。つきたかった。



最後の曲、なんで幼児の声が入ってんだぁぁぁぁぬを〜!!
舌っ足らずな声で要所要所に「お・ちゅ・き・さ・ま」ってあざといんじゃー気持ち悪いんじゃー!!
何をアピールしたいん?子供好きなおれ?純粋なおれ?
とうとう3回めの「お・ちゅ・き・さ・ま」で耐えきれず停止ボタン押した。



ラジオCMにも多いけど、幼児の舌足らずな声を流して何をアピールしたいのか、私には心底理解できん。舌っ足らずな幼児のお喋りを、可愛い〜ピュア〜(はぁと)と思っちゃう自分って可愛くね!?ピュアじゃね!?的な自己顕示欲が洩れ洩れと伝わってくるばかりです。



私の感覚が世間的に言わせりゃ気持ち悪いのは先刻承知。
職場等、公の場においては「子供って何しても可愛いっすよね〜余命1ヶ月の花嫁とか1日1日を大切に生きなきゃって気づかせてくれますよね〜(死んだ目)」と口走る程度の社会性は持ち合わせておるので、まあブログでくらい言わせてくりゃれ。喪女だもの。



曽我部恵一のハルコロックとか、ハルコちゃんが犬に手紙をかいてどーのこーの、は嫌いじゃないどころか寧ろ素敵だが。
あーあ銀杏でも聴くか。もう。