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ばや

ばや-自己の願望の終助詞。未然形接続。いろいろと「ばや」ですがあきらめた喪女の日常のきろく。あとフラカンの話。

行きそで行かないとこ行こう

ココ↓にいってみた。

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テーマは「人と耳飾り」。
遺跡から発掘された縄文時代のものを中心に、世界各国の耳飾りが展示されているです。
世界で初めてのなかなかマニアックな館ですお。
入館料は一般200円、中学生以下無料。



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ひとけまったくなし。
今回のタイトルはオーケンの著書をパクってみたわけだが、「行きそうにないとこ行こう」だよこれじゃ。



以下、資料の裏に書き殴ったメモと記憶をもとに見学レポート。






ひとつめの展示品はなぜか「岡田茉莉子さんの愛用した耳飾り」。なぜ……
次にアイヌ、インド、中国、ポリネシア等の耳飾りの歴史や耳の構造、耳に関する諺などの学習コーナー。
「寝耳にすりこぎ」って、初めて聞いたこっちが寝耳にすりこぎなわけで……。こんな諺あったのか。
「耳は恋する目は睨む」はツンデレということでよろしいでしょうか。



●日本における耳飾りの歴史●

古墳時代
金属製の耳飾り「金環」をつけた農夫の骨も発掘されており、日本でもっとも耳飾りが普及した時代。



縄文時代
鹿の角、サメやマグロの脊椎骨のほかに、石や土で耳飾りが作られるようになる。
初期は輪っかの1ヶ所が切れた視力検査表のような形をした石製の「玦(けつ)状」、ついで土製の「臼状」(穴が開いてない丸い形)、「環状」が作られた。
形には地域差もあり、臼状は北関東や中部地方、環状は房総で多く見られる。
縄文時代晩期には複雑な文様の入った土製耳飾りが作られるようになるが、クルミを輪切りにしたときの断面に似ている。クルミになにか呪術的要素でもあるのか謎。
同じムラ内でも文様のある耳飾りをつけた者と文様のない耳飾りをつけた者がおり、冠婚葬祭で使い分けていた説・身内と他ムラの者を区別する説・階層によって決められていた説などがある。
また他とは違った土を使い、繊細な文様を施したものも見つかっており、有力者の娘の嫁入り道具的なものではないかといわれている。
鹿角のかんざし、真っ赤な耳飾り、貝の腕輪ジャラジャラ、鹿骨の帯飾り、縄アンクレット(足結〈あゆい〉)という当時の最新モードに身を包んだオサレ縄文ガール人形も展示されていますた。



弥生時代
他の装身具は多く発見されているが、耳飾りは見つかっていない。謎。



奈良時代明治元年
耳飾り空白期。



近代
西洋化の影響でアクセサリーがさかんに用いられるようになったが、和装に合わないこともあり耳飾りは不人気。
大正頃から洋装の女性(モガ)や女優が付けはじめ、華やかさの象徴となる。



ちなみに縄文の耳飾りとは、10年くらいかけて徐々に広げた耳たぶの穴にはめ込むもの。
固定のために側面がくぼんでいたり、裏を削って軽くしたり、いろいろ工夫がなされている(これらを「耳飾り」といえる根拠もそのへん)。
しかし大きなものは鶏卵1個分くらいの重さがあり、作業の邪魔になったり耳たぶの負担になったようだ。
納得するしかない考察ですね。



耳飾り等で身体を加工することは、神の声を聴くため・邪悪なものが身体に入らないようにするためなどと考えられているそうです。出土した耳飾りの3〜4割が赤いのもこのへんと関係あるんかね?
というわけで高校生の皆さんは、先生にピアスを注意されたら「神の声を聴くためですっ!!><」などと主張してみるときっと先生も許してくださるとおもいますお。



耳飾りをつけた宝塚スタアの写真も展示されていましたが、八千草薫さんと有馬稲子さんかわええええええええ!!(*'Д`)♡



あと出口付近にあった世界各国の耳飾りが納めてある引き出しがドリフだったので、なんとかしたらいいと思います(1つ閉めると2つくらい下のがひとりでに開く)。
真ん中らへんにいたガイコツも、急に明かりがつくのは小学生のトラウマになると思います><
点灯時間も短くて説明を熟読できません><



ロビーのパンフレットを集めてみたが、けっこういろんなところでいろんな企画があるのだなあ。
今後もどうせもてないし、マニアックな館を訪れてみようと思いますのことでござるの巻。