ばや

ばや-自己の願望の終助詞。未然形接続。いろいろと「ばや」ですがあきらめた喪女の日常のきろく。あとフラカンの話。

地方都市から1日遅れて祝う

酒飲んでウヒウヒしたり炬燵で爆睡したりしているうちに(それほど北でもないのに6月まで炬燵はしまわないのが我が家のジャスティス、10月初旬には出しておくことも我が家のジャスティス)、5月になりました。



昨日4月30日は、フラカンのボーカルであらせられるところの鈴木圭介さんのお誕生日であらせられました。
42歳。おめでとう!!
ようつべで見たのかDVDで見たのかわかんなくなっちまいましたが、ライブで言ってた「怪獣とうんこが大好きです!!」。
本当にいつまでもこういうおっさんでありつづけていただきたいです。
でも「もううんこの話やめる」と言っても私はついていくと思うよ!!
でも怪獣とうんこが大好きな圭介さんが大好きだ!!!

微妙な年齢にさしかかった喪女に「40歳過ぎてもうんこの話をしてていいんだ!!」という勇気をあたえてくれた圭介さんは偉大。

※アーティストの男性と、一般人の女性とでは、「うんこ」という言葉を発した際における世間の反応はかなり違ってくるということには気づかないふりです。



御茶ノ水でぐうぜん圭介さんと会って、もう25年以上の付き合いなのに緊張しながら話した、という今日のマエさんのブログいいな。
伝染るんです。』に出てきた距離マニアのおやじではないが、フラカンを見てるとメンバーの間に「いい距離」があって素敵です。
中高の友達から始まって、22年間メンバーチェンジ無しで続いてきたのは「いい距離」があるからで、その「いい距離」も初めからあったわけじゃないんだよなー。



初めてフラカンを聴いたのが23歳の春。
スペースシャワーTVのイベントで初めてライブを見たのも23歳の春。
たしか圭介さんはセーラーシャツを着ていたと記憶しております。
たまとかスピッツとか、おとなしいライブにしか行ったことがなかったので、腕のフリとかは新鮮で楽しかった。
なんべんでも言うが、いちばん大変な時期に離れていたスットコドッコイだが、ヌケヌケと出戻ってきた今、私も「そこで始まっ」ていたとか思っちゃったら怒られるだろうか。

そ・こ・で、2000年ごろの私ですよ。
仕事も安定してて収入も今より全然あったな。
服とか化粧品とか色気づいてても結局は無駄になるんだぜフヒヒw
フラカンのCDとかライブとか、あといろんな音楽を聴くために使っといて欲しかったよ、そこは。
「BELLBOTTOM JACK」まで聴いとけば違ったと思うんだけどな−。
もう第3期黒歴史確定だろこの時期。

これからフラカン孝行をしたいと思います。



※以下スペースシャワーTVのイベントが懐かしい件について。



司会がユースケ・サンタマリア
その時はうるさい兄ちゃんだとしか思わなかったが、今思うと贅沢すぎるな。
女性の司会もいて、リサ・ステッグマイヤー(この人は今)だったように記憶しているがよく覚えてない。

じつは主な目当てはホフディランサニーデイ・サービスで、「ああフラカンも出るんだ」ってなもんでした。
あとはまだデビュー直後くらいのCoccoも出てた!!
白いドレスに裸足、「天気がよくてよかった」というような趣旨が辛うじて理解できたMCで会場の空気を8℃は下げたと思う。
フラカンはたぶん「ああ今日も空振り」「ライトを消して走れ」「恋をしましょう」「小さな巨人」あたりをやった。
目当てだったわりに、当日のホフとサニーデイの様子は忘れています。

次の年ぐらいに「忌野清志郎フリーライブ」にも行った。
ホフとフラカンとスキップカウズも出てた。
最後は客席にアイスキャンデー投げてて、アレはA列の人が羨ましかったw



20代半ば頃はこんな感じでライブ行ったり、「インディーズマガジン」を愛読してタワレコでインディーズのアルバムを万単位で購入していたり、ある意味これはこれで女の人生としては黒歴史であるといえよう。
KEMURI、EXTENSION58、shortcut miffy!、Catch-Up、ばるぼら、マディグラ・ブルーヘブン、セロファン、ステンレス、ARCH、PORTABLE SOUND STAR、ロンロンクルー、ペティ・ブーカ。ここら辺です。