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ばや

ばや-自己の願望の終助詞。未然形接続。いろいろと「ばや」ですがあきらめた喪女の日常のきろく。あとフラカンの話。

私的フラカン年表 (おなかよわ子編)

フラカンの話 思い出墓場

ハーイ!! どうもこんばんは~☆
真夜中限定オシャベリ娘・靴子だよっ。
今夜は素面なのでおとなしめナノデス☆
ちょっとちょっと、珍しいなんて言ってる人はだぁれ? あたしだってたまには飲まない夜があるんですからね?
え? どうせ夕方にでも呑んでたんだろう?? バレてーら!! タハー!!

さぁ、今日も「私的フラカン年表」にお便りが届いてるわよ。


ハーイ☆
群馬のフラカン大好きっ娘ことおなかよわ子どえす!!
靴リンの楽しいおしゃべり、いつも楽しく読んでるヨ!
よわ子のフラカン年表も読んでミソ~。


色々忘れていたことまで思い出して、ボケ防止になりました。タハハ(笑)
無駄に長くてごめんちゃい。



またまた常連のひとり・元気印のおなかよわ子chan!!
よわ子chan、いつもお便りありがと~!! 靴子もよわ子chanのお便り楽しみにしてるのよ。
ではでは~、さっそくよわ子chanのフラカン年表を大公開!!





1994年

竹安パイセンの母校(笑)代ゼミで浪人開始。
当時、高校時代から読んでるジャパンを買うのだけが楽しみだった。
字だけのページで編集者の兵庫さんのフラカン推し記事を目にするように。
    

1995年

新潟の地味大入学。
友達もできず、男にフラれ散々。
そんな冬、何となく「フェイク」「マイブルーヘブン」をまとめ買い。

「うまく人間社会で生きられないって、堂々と歌にしちゃってる!!」と衝撃。
「積もった抜け毛に火をつけろ」を聞きながら、これアタシの歌だ…と号泣。(痛)    


1996年

春に、新潟にフラカンが来ると聞きつけライブ初参戦。
1週間くらい前に同じ会場でウルフルズ見たときは超満員だったのに、フラカンの時は30人くらいしかいなかったような記憶がある。

「今池」歌いながらアイシャドーを塗りたくるKSK、前さんのインパクトに衝撃をうける。(他二名は記憶がない…スマヌ)

    
ヤンフラ入会。


秋に、「地下室からこんにちは」のビデオ収録ライブに当選。
2番だか3番だったかな?多分チケ運はここで使い果たした(笑)
迷わず最前真ん中。ステージ低すぎて最後はモニターにしがみつくような格好に。
圭介さんに指を踏まれながら昇天しかけた最高のライブです。



その後もバイトしまくっては夜行バスで遠征。



あと、HEY!HEY!HEY!の収録も行きました。
水兵さんの格好は確かに「えっ…どうした?」と衝撃。
また、番組のほうから頭の上で手拍子して。とノリ方まで指定されたので客側も色々と微妙だった。


    
仙台→名古屋と今でいうフェスをハシゴしたのも楽しかった。
名古屋のはミッチーやスピッツもいて超豪華だった割に、何のイベントだったのか忘れていたのですが、
めぐさんに愛知でやっていた番組のイベントだと最近教えていただき、スッキリするという後日談も(笑)



1999年

「ライブいっぱい見れんじゃね?」的なノリで東京の会社に就職。

     
大学の卒業式の前にとっとと都内へ引っ越す。
なぜなら2月に渋谷公会堂のライブがあったから。
「夜明け」を聞くと今でも、引っ越し初日の段ボールだらけの部屋とか、渋公に向かう坂道を思い出してキュンとする。
    
    
   
 
働き出すが、意外と都内でライブがなくガッカリ。
たまに都内でやっても、微妙にお客さん減ってる感じはあった。



「怒りのBONGO」後のライブあたりから、明らかにガラガラ感。
(会社帰から直行のため履いていたヒールを、脱いで端っこに置きにいけるくらい)
  


で、その前か後かは忘れたけど、仕事帰りに夕方の下北で前さんを見かけた。
思い切ってファンですって話しかけた。


「新曲とかいつですか?(ワクワク)」
「ん~…もうちょっと待っててね」


当時は基本ボッチ参戦だったしSNSもないから、全然バンドの事情なんて知る由もなかった。
商売としてバンドを続ける大変さとか、ステージで輝いている人も悩みながら生きているとか、想像できるほど大人でもなかった。

    
そのうちに行けるライブが少なくなり、じわじわと家出突入。

     
そのころ、派遣OLしながら女子高生向けケータイコンテンツ(恋愛もの)を書くという謎の仕事とかしてて(笑)BGMフラカンだとネタが浮かばないという状況に。(…とりあえずaikoとか借りてみたりしたなぁ)


2000年代

ストレスで調子を崩して、やりたかったこと色々諦める。
夢があったころに聞いていた音楽とか、ちょっとムリに。     

     
※なぜか演歌系の歌謡ショーを見に行くことにハマったりと迷走。お口直しか?
     
     
群馬へ嫁いだり子育てしたり仕事したりで音楽自体あんまり聴かなくなる。

     
※めぐさんと全く同じで笑ったんですが、この時期、非フラッペの妹から「フラカン秋田に来たよ。全員で物販してた。」とのタレこみあり。

   
で、「世田谷」とか「脳内」などレンタル(←買えよ!!)してみるが、なぜか響かず。


2010年

仕事中?帰り?ラジオから「元少年の歌」が流れてくる。
なんじゃこのいい歌!!
…こんな薄情な家出娘を、昔と変わらず励ましてくれるなんてさ。

涙が止まらなくなって、速攻出戻り決意。


とはいえ、下の子まだ赤子。虎視眈々とチャンス待ち。


2013年

高崎フリーズのライブにて晴れて出戻りの日を迎える。


ステージに4人そろったとたん、思わず鼻の孔広げて深呼吸。
もちろんニオイなんかしないんだけど、この空気を思い切り吸い込んで「あ~帰ってきた」って全身で感じたい気持ちにかられたのだ。
    
ほんと、実家かよ。
幸せすぎて涙があふれたのでした。



その後、失われた10数年を取り返すべく、人様のライブレポを読み漁るうちにたどりついたこのブログ。
気が付けば重度のばやラーに!
「ちょっと責任とってよ」と言わんばかりに執拗に絡むようになり今に至る(笑)
今後ともよろピク☆






ふむふむ、大学で男にフラれ、か……。
よわ子さん、めぐさんの分の茶まんじゅう、あたし達で1個ずついただいちゃいましょ。
……え? 甘い物は苦手?? あたしの茶まんじゅうが食えないって言うの!?
(部長主催の地酒を飲む会、よわ子さんは声かけなくていいわね……)






やっぱ大学生の行動力は最強だってのが解りすぎる、清々しい年表であります。
私はフラカン的にはいうなれば社会人入学だもんで、家出前の腰が微妙に重いんだよな。
しかも大学出て実家に引っ込んでからのスタートだべ?
今でこそネットがあるが、当時の田舎者はロキノンくらいしか情報源がないわけさ。
下北でマエさん遭遇とか、仕事帰りにライブとか、まあ別に羨ましくないけどね!!(ハンケチどこかな……)
HEY3なんかあぁた、出戻ってきてからつべで初めて観て、どうしたお前らw と思って噴いてたわ。当時の思いも知らず、ごめんフラカン

そんでまた『世田谷夜明け前』。
聴いてるのに決定打にならないこの感じ、なんなんだろう。
逆に『世田谷~』きっかけの人はいないのか?

ところで2010年のラジオ番組って、もしかしてこの記事に書かれてるやつなんじゃね?
確か昼過ぎの、スペイン坂スタジオでやってたヤツ。
で圭介とマエさんがゲスト出演しとった。
群馬人なら、「ラジオを聴く」は「FM群馬を聴く」ってのと同義じゃん?
きっとこれだといいな。YOUこれって事にしちゃわない?

baya92.hatenablog.com

そして地味に気になるのが、「女子高生向けケータイコンテンツ(恋愛もの)」であるw
世が世なら、俺のプリンセスがどうとか、上司と同居してどうとかっつうアプリゲーに携わっておられたかも知れないのね。



3人いても、家出時期・出戻り時期はそれぞれ。
今後も「私的フラカン年表」ではひきつづき投稿をひっそり募集しております。フラッペ歴・家出の有無等不問です。ぜひ。