ばや

ばや-自己の願望の終助詞。未然形接続。いろいろと「ばや」ですがあきらめた喪女の日常のきろく。あとフラカンの話。

吐きたくなるほど愛されたい問題

説明しよう。
「吐きたくなるほど愛されたい問題」とは、このほど初の武道館ライブを行いなさるフラカン様の名曲のひとつ「吐きたくなるほど愛されたい」の「吐きたくなるほど」がどこまで係るのか? という、4~5年前から私の中で決着がつかない問題を指す。



a説:吐きたくなるほど-愛されたい説
愛されたくて吐きそうなほどである、つまり愛されることを渇望している状態。
自家中毒により吐きたくなってる、という説。

b説:吐きたくなるほど愛され-たい説
うんざりして気持ち悪くなるほど、濃く狂おしく愛されてみたくてたまらない状態。
他者から注がれる愛情により吐きたくなってる、という説。



歌詞の内容から考えると、愛されない→愛されたいという渇望→自家中毒→でも愛されない→スカイダイビング、という流れのa説のほうがしっくりくる気もする。
しかしb説を採っても、愛されない、もしくは相手の愛情に不足を感じる状態→うんざりして気持ち悪くなるほどの愛情を受けてみたい→でも受けられない→スカイダイビング、という流れになって矛盾はないだろう。個人の見解です。



なお喪としてはb説のような状態に陥る事が稀によくありがちである。
岩井志麻子氏が著書「ぼっけぇ恋愛論」で述べた「大勢のファンが欲しいか少数のマニアが欲しいか」なら100%後者希望、それこそ志麻子姐さんが述べたように「信者」が欲しいわけなんさ。
でも信者ってめんどくさくね?? とすら思い始めた今月の俺はもう無敵だ。もう結構です。解決しました。



「吐きたくなるほど愛されたい問題」、いつか作詞者たる圭介氏に答えを伺ってみたいです。